木代理カムバック(2)

 雛、巫女、獅子、狛犬、鬼。
 その中の獅子はすぐに紹介できるとかなめちゃんは言った。
 早速会いに行こうと屋敷を離れようとしたとき、渡り廊下の向こうに人影を見つけた。
「木代理か?」
 呼ばれて、かなめちゃんの後ろから顔を出す。
 逆光で照らされて見えづらかった人影が移動すると、その顔がはっきりとして見えた。
 その顔は、まごうことなきイケメンだった。
 サラサラの鼠色の髪に、前髪から覗くキリっと吊り上がった眉、瞳は大きく、鼻筋は通っていて、輪郭はシャープ。
 この世で一番美しいものをあげるとしたら、この人だろう、と有無を言わせぬ迫力があった。
「雛野、さま」
 かなめちゃんがイケメンをそう呼ぶ。
 イケメンは私を見るとあからさまに肩を落とした。
 期待の相手ではなかったとしても、ちょっと失礼じゃないか。
「木代理じゃないのか」
「はい。ですが、この方が新しい木代理さまとなる方です」
 そう言ってかなめちゃんが私を前に出して紹介してくれる。
 「よろしく」と私が手を出すと、イケメンは「ああ」と言ったっきり別のことを考えているようだった。
「雛野さまは、雛の役を担っている方です」
 かなめちゃんが大事なことを言った。雛の役は儀式のために必要な役だったはず。
 イケメンは左右に首を振った。
「木代理がいないから、もうその役目も終わったつもりだ」
 そう言って憂うイケメンに、私は切り出した。
「ねえ、あなたが雛なら、神降ろしの儀式を手伝ってくれない?」
「……は?」
 イケメンは眉をひそめた。その姿も様になっているけれど、感じが悪い。
「悪いが、それはできない」
 案の定イケメンは私の願いを断った。最初から期待はしてなかったけれど、がっかりする。
 そんな私の着物の袖を軽く引っ張って、かなめちゃんが私の耳元にそっと口を寄せた。
「雛の役、というのは、木代理さまの婚約者なんです」
「こ、婚約者!? ってことは、結婚相手?」
「そうです」
 私はかなめちゃんとイケメンを交互に見やる。
 つまり私は、初対面でイケメンに求婚をしたということになる。
「知らなかった……。段階を踏むべきでした……」
「段階を踏んだとしても俺は断る。別を当たってくれ」
 そういうとイケメンは部屋へと引っ込んでいった。
「雛の役に代わりって、あるの?」
「木代理さまは、雛野家からひとり、雛を選ぶことができます」
「じゃあ、手助けしてくれる雛野さんを探せばいいんだね」
「よいですか。雛は一度選んだら変えられません。結婚相手ですからね」
「……私、結婚相手も三日間で探さなきゃダメなのね」
 とんだ、ハードスケジュールだ。
 
 私たちはそのまま当初の目的である獅子の元を訪ねた。
 インターホンを押すと、快活そうなよく通る声が聞こえ、玄関のドアが開けられた。
 現れたのは、真っ白な髪をポニーテールに結んだナイスバディな女の子だった。
「いらっしゃい、かなめ。今日はどうしたの?」
「……木代理さま、になるかもしれないお方を紹介しにあがりました」
 かなめちゃんがスス……と、左に避ける。女の子がやや吊り上がった大きな瞳で私のことを見た。
「え、木代理さま?」
「信じられないかもしれませんが、新しい木代理さまです」
「信じる、とかじゃないよ。この子は本当に木代理さまだ」
 「え」とかなめちゃんが漏らす。私も女の子の断言に衝撃を受ける。
「どうしてわかるの?」
 と、思わず聞いた。
「だって、あたしは獅子だよ? 特別な力がある。そうか、本当の木代理さまが現れたのか」
 女の子は大きな目をぱちくりとして、感慨深そうにうなずいた。
「……それで、その様子じゃあ、紹介をしにきただけじゃないんだろ? 用件は?」
「はい、実は神降ろしの儀式をやっていただきたいのです」
「おばあさま、納得してくれなかったのか」
 女の子はいたずらっぽくかなめちゃんに笑いかけた。
 かなめちゃんも「そうなんですよー」と親し気だった。
「なあ、木代理さま。あたし、名前を茉咲って言うんだ。よろしくね」
 茉咲ちゃんは屈託ない笑顔を私に向けてくれた。
 
 獅子の問題は解決して、次は狛犬に会いに行くことになった。
 パーンと小気味のいい音が鳴る。
 民家と併設された体育館から聞こえてきているようだった。
「しずるさん、いらっしゃいますか」
 かなめちゃんが声をかけると、胴着を着て、巻藁に竹刀を構えていた人物がこちらを見た。
「外にいるのか。少し待っていてほしい」
 小手と面を取った女の子は汗にまみれていた。
 体育館の脇の方に置いてあった白いタオルで汗をぬぐうと、これまた白い杖を手に取って、床を鳴らしながら私たちの近くへとやってきた。
「こんにちは、かなめ。それから、木代理さま」
 私たちが何か言う前に、女の子は私のことを呼んだ。
「眩しくて姿が見えづらいのが残念だけれど、そこにいらっしゃるんでしょう?」
 私はどう答えるべきか迷って、「やあ」と声をかけた。
「今度の木代理さまは楽しいお方だ」
 そう言って女の子は微笑んだ。
 女の子は、かなめちゃんからはしずるさんと呼ばれていたはずだ。
「しずるちゃんって、呼んでいい?」
「どうぞ。お好きに」
 そうして談話していると、塀の先から小さな足音が聞こえてきた。
「しずる、いる?」
 現れたのは最初に私を村へと案内してくれた女の子だった。
「いらっしゃい、遥生」
「かなめと木代理も一緒なのね」
「出直すかい?」
「いいわ。はるも二人とお話しする」
 そういうと女の子は体育館の入口の淵に腰かけた。
「居場所は、できた?」
「今作ろうとしているとこ。かなめちゃんと一緒にね」
「遥生さん、良かったら神降ろしの儀式の巫女の役を引き受けてくださりませんか?」
「いやよ。つまらないならね」
「んーと……それは、どっち?」
「雛と鬼が楽しい人選じゃないなら、はるやらないよ」
 女の子はブラブラと足を揺らした。
 そんな女の子の頬をしずるちゃんはやんわりとつねった。
「こら、遥生。困っているんだから手伝ってあげなさい」
「しずるが言ってもいやよ。でも、お茶会のお誘いならいつでも受けるわ」
「えー、期日があと三日間しかないんだけどなー」
「それならあと三日、あなたとお茶が飲めるね」
 遥生と呼ばれた女の子はくすくすと楽しそうに笑った。
「木代理さま、かなめ。すまないけれど、そういうわけだから、雛と鬼を探してくれないか」
「ええ、早めに見つかるよう善処します」
 「それではお暇しましょうか」と、かなめちゃんに切り出されて、私たちはしずるちゃんの元を後にした。女の子は「バイバイ」と手を振ってくれていた。

「探すなら雛ですね。雛なら雛野家にお願いしに行きましょう」
 私たちは雛野の姓一帯が住んでいる区域を訪れていた。
「理想のお相手のご希望がありますか?」
「ピンときたら、その人が相手かな」
「直観頼りなのですね………」
「たとえば、私はかなめちゃんでも良いんだけれど」
「冗談はよしてください! 行きますよ」
 そして雛野の中でも私たちと歳が近いという雛野の家にやってきた。
 インターホンを鳴らしても誰も出ないので、裏庭に回るとそこでは美形ぞろいのバーベキューが開かれていた。
「うわっ、美形だらけ」
 思わず声を出すと、肉を焼いていた何人かが私たちの方を向いた。
「あ、噂の木代理さま」
 鳥串を引っこ抜きながら長髪の子が私たちの方に歩み寄ってきた。
 とても女性的な容姿だけれども声の低さから彼が男の子だっていうのが分かる。
「ね、木代理さま。婚約者を選びに来たの?」
 そう言って男の子はゆったりと私の腕に絡みついた。
 そして手に持った鳥串を私の前で扇情的に揺らした。
「僕がなってあげようか」
 そう耳元で囁く。背筋がぞわっとした。
 すぐに断ろう。
 だけど口を開く前に、男の子は私の唇に人差し指を当てた。
「でも、残念。十六夜のおばあさまからキミの雛にはならないよう言付けされているんだ。――ね、みんな」
 囃し立てる声が庭中に響く。
 私は一気に不快になる。
「心配しなくても、あなたを選ぶつもりは無いけど」
「なにそれ、負け惜しみ?」
 男の子は眉間にしわを寄せて、私の胸倉をつかむ。着物がはだけてしまうから、正直止めてほしい。
「あなたたちのなかで私が惚れる相手はいないよ。見かけは美しいけれど中身は子供っぽくてイマイチ」
 男の子は私を睨むと、その手で私を突き飛ばした。
 後ろに控えていたかなめちゃんが私を支えてくれる。
「ありがと、かなめちゃん」
 私は男の子に啖呵を切ろうとしたけれど、男の子はもうバーベキューの輪に入っており、私から興味を無くしたようだった。
「行きましょうか」
 かなめちゃんに声を掛けられて、私は雛を探すことを諦めたのだった。

 そうなると、次に探すのは鬼だった。
 鬼の条件はイレギュラーで、祭りの始まりに村に来て、祭りの終わりに村の外に出ていき、そのまま帰ってこない人がなるものらしい。
 「なんでそんな面倒くさい条件なの?」とかなめちゃんに聞くと、鬼はすべての災厄を預かるので村にいてはいけなくて、お祭りの時だけ木代理さまに倒されるためにやってくるからだということだった。
 かなめちゃんが屋敷にある電話から、今年のお祭りで鬼の役を担当したという人に連絡を取ってくれていた。
 その背中を眺めて壁にもたれかかっていると、かなめちゃんはガチャリと受話器を置いた。
「日付的にもルール的にも無理だそうです……」
「そっか、ありがと」
 聞けば相手は教員で平日は忙しく、おまけにお祭りの日以外で村の敷地を踏むことは許されていないから、私たちに協力はできないとのことだった。
「あーあ、どうしよう」
 見つからない雛と鬼。ついでに巫女もか。どうすればこの条件を突破できるだろうか。
「ねえ、前例はないの? これだけ根付いた文化なら、前にも木代理さまが現れた記録とか残っているかもしれないよ」
「確かにそうですね……調べてみます」
 かなめちゃんは力強くうなずいた。
「それでは、木代理さまは今日はもう舞の練習をすることにしましょうか」
「え、舞の練習って?」
「儀式には舞が必要不可欠です。木代理さまに覚えてもらわないことには儀式はできません」
「三日しかないんだよ!?」
「三日……いや、二日で覚えてください。三日目は当日ですから」
 ですからね、と念を押すかなめちゃん。私はたじろいだ。
「でも、どうやって覚えたらいいの? 先代はもういないんでしょ」
「私が覚えています。木代理さま。以前の木代理さまに付き従って何度も舞を見てきましたから」
 さあ、と私の両肩を叩くかなめちゃん。私はますますたじろいだ。
「うー、頑張ってみる」
 そして私には舞のセンスがないことが発覚したのだった。